マルミのどこでもドア。

どこでもドアがほしい妊婦

自分の機嫌は自分でとる

大人

20才になったらさぞ大人なのだろうなと小学生の私は思っていた。

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オトナの分岐点

ハタチは心が追い付かない

成人式の人たちを見ると、昨日のことのように思い出す。

まったく大人とは言えなかった

お金もない

知恵もない

口だけ生意気

身体だけ大人になった、大きな子供だった

大学を卒業し、社会に出て、働きはじめて、

1人生活するようになった。

1人で暮らせるようになった。

いわゆる自立だ。

これで大人になったという人もいる。

でも、私はまだまだ子供だった。

私の「大人」

親の存在

大人になり切れないと思っていた20代

なぜか

親に頼っていたから

金銭面ではなくメンタル面で

元気な時は大丈夫

でもメンタルが弱った時

泣き言を言いたくなったとき

すぐに母に聞いてほしくなる

それがあるとき変わった

「心配かけてはいけない」

「安心してほしい」

親に対してそう思うようになった。

そのときが私の大人を感じたときだ。

私にとって母はずっと母で、私はずっと母の子供

でも、一人の大人として、

年老いていく母に幸せになってほしいと思うようになった。

むかしむかし、

母が私に「マルミが幸せになってくれたら、私は嬉しいし幸せよ」といった。

親の愛ってすごいな

くらいに思っていた。

それが今は私も同じように思う。

母が幸せだと私も嬉しいと。

生まれてからずーっと

母にご機嫌をとってもらっていた。

泣けば慰めてもらう

イライラして怒られる

一緒に喜んでもらう

私の感情にいつも付き合ってくれた

付き合わせていた。

自分の機嫌を自分でとれるようになった。

自分の中で「大人」を感じる。

今週のお題「大人になったなと感じるとき」